受難と成熟

悪意を捨象する「山椒太夫」

両手で杖をもつ神楽面

森鴎外の小説として知られている「山椒太夫」は、説経「さんせう太夫」を下敷きに書かれている。
仏教説話的な善悪因果を題材にしているが、それは「哀れみていたわるという声なり」(太宰春台・江戸時代の儒学者)というほどに、民衆にとってはカタルシスとエネルギーを得るための手段であった。

河合隼雄は「あわれとうらみ」を日本の昔話に共通する特徴としてあげているが、「さんせう太夫」でも、これが物語の底流を流れており、隠れた主題となっている。 岩崎武夫は「現実社会における身分的ヒエラルキーの転倒と、日常性からの飛躍、閉ざされた情念の解放など、民衆自身が自由な自己を取り戻していた貴重な瞬間があった」とし、この語り物に中世民衆の多義的な思考や想像力、可能性をとらえている。

夕暮れの棚田の一角に設置された神楽台

森鴎外の「山椒太夫」と、原本の「さんせう太夫」では細部でさまざまに異なっている。安寿と厨子王は逃亡を企て、それを知られて額に烙印を押されるのだが、鴎外の作品ではこれは夢の中の出来事となっている。 原本ではそれは、逃亡の謀議によってではなく、まったく不合理な理由で、実際に烙印されることになっている。山椒太夫とその息子三郎は、安寿の額に烙印を押し、安寿を徹底的にいたぶり、辱めることこそが目的とされている。

また、鴎外の作品では、厨子王を山に逃がした後、安寿は沼に入水自殺したことになっているが、原本では厨子王を逃がしたことを咎められ、安寿は水責め、火責めにされて責め殺されたことになっている。原本では山椒太夫が安寿と厨子王を小屋に閉じ込めて飢えさせるシーンがあるが、鴎外の作品ではあまり詳しく描かれていない。

岩崎はこの場面を、〈禁忌の構造〉として解釈し、蘇生のための忌み籠もりとして重要視している。その他、鴎外本では厨子王は後半、痛めつけられた山椒太夫を許し、山椒太夫は奴隷を開放、その後も大いに栄えるという結末になっているが、説経では、厨子王は山椒太夫の首を竹鋸で息子の三郎に引かせて刑罰を与えるという非情な場面になっている。鴎外は、山椒太夫の側の悪意とサディズム(虐待)を捨象してしまっている。

原本の「さんせう太夫」にとっては、安寿に対する執拗なまでの残酷な仕打ちは不可欠の要素であった。

003

/

006

お問い合せ

著作や研究に関するご質問・感想は
下記フォームより
お気軽にご連絡ください。

お問い合わせはこちら